黒やぎの(てくてくわくわく 街道ウォーク)番外編

ふとした事から街道ウォークの付き人になった黒やぎのひとりごとです。ルピナス主宰の(てくてくわくわく 街道ウォーク)(http://kaz-mt-wisteria.hatenablog.com/)とあわせて見てくださいね

一度しか会わなかった祖母

実父の故郷は岩手県盛岡市。日常では交流がなかったので、父親もそろそろと思ったのでしょう。鉄道好きのアタシに気を使って、母が指定券を取り、盛岡まで特急で行きました。昭和46年(1971年)のことです。

いとこ三人、父の姉夫婦、祖母、が歓迎してくれました。祖母は気を使って、いろいろと話しかけてくれました。ただ、生粋の盛岡弁のためか、東京から出たことのない、10歳の少年には、言ってくれている内容の1/3も理解できませんでした。

にこりともしない、気の強いタイプの祖母でした。

今だったら、祖母のこれまでの半生、何に苦労し、どんなことが一番よかったから、聞いてみたくもあり、父親の昔の話も知りたいとも思いますが、思ったときには本人は天国に行っており、自分もそちらに行かないと、希望はかなわないようです。

全く顔を知らない父方の祖父も、戦災で亡くなった母方の祖父にも、会って見たいな、話してみたいと思いますよ。自分が無事にあの世に行けたら、一足先にいっている父と母にそれぞれ紹介してもらいましょうか??

こだま格差

ここ二度ばかり、往路は新幹線で行きます。三島は遠いのでね。

東京もんにとって、小田原から先は旅です。向田邦子さんのように(多摩川を越したら小旅行)と思えるのが理想なのだが、湘南新宿ラインが発達し、小田原発宇都宮行なんて列車が日常になると、旅なのか、通勤なのか境目が無くなってきた。

新幹線は違う。在来線で行けない、あるいは、必要以上に時間を要するところに行くときに使うもの、と思う。(仕事でなければね)

前回より、街道ウォークの起点は三島周辺になったので、時間を買うことになるが、新幹線を使うことになった。自由席で東京三島間は4800円。

昨日は、前回で懲りて、東京駅より始発に乗った。15号車というこだま号編成の末端に近い自由席車両に行き、予定より1本早い列車に乗れた。込み合っていなかった。それでも、三連休なのでJRさまは、13号車を指定席車両に変えていて、いつもより自由席が少ないらしかった。

音声による、(きょうも、新幹線をご利用頂きまして、ありがとうございます)

英語による(同放送、名古屋までオールステーション)に止まる趣旨のアナウンス。

そのあと、すぐに、車掌の肉声。これが、停車駅ごとに、男になったり女になったりする。こだまは肉声タイムが長い。最後に英語らしきことまで言う(JRに言わされている)

車内販売もない。以前は空いていた車内を一人くらい回ってきたものだが、(売り上げが少なそうなので、よく買ってあげた)やめたらしい。理由を聞けばたぶん(人手不足なので)というのだろう。

車内検札も来ない。乗客の皆様の安眠の妨げになるので、などというのが理由らしいが、賛成者も多いのだが、テロに対応できるのか?いい意味での見張りはしないのか。検札も来ないから警察官(以前でいう鉄道公安官)なんかいるはずない。

何かあったらボタンを押せというが、そんなに乗客任せでいいのか不思議である。乗務員がどうも二人しかいなくて、そんな無防備で、よこしまな気持ちを持った集団や個人から、あなた方は乗客を守れるのでしょうか?

 

乗務員のアナウンス内容も少し違うように思う。

「この電車の終点は名古屋」というのは不思議である。新幹線は山手線ではないので

「この列車の終着(駅)は名古屋」というのが適切だ。東海道新幹線の終点は新大阪。山陽新幹線直通なら終着は博多となる。

きっと、そういう面倒な内規は止めたのであろう、JRは。アルバイトでも分かるようにね。

以上、こだまに乗ると、乗客の受けるサービスの質や内容が、やや劣るような気がする。一度、のぞみやひかりに乗って、本当にそうだか確かめてみたい気がする。

急坂だったね

箱根峠から三島まで、ずっと急坂でした。箱根湯本からの登りは、須雲川に沿っただらだらした勾配のあと、どんと急になったけれど、三島まで、ずっときつい下りだったよ。だから、京都側から江戸を目指す方が、大変なのでは?

それと、静岡県側は、思いのほか、雨が多いように思え、すると土の道では乾かない、竹を敷いたが耐久性がない、今の国土交通省にあたる幕府や地元の藩の担当者も、頭を悩ませた結果、現在のアスファルト舗装に近い半永久的な道が、石畳、だったのでしょうね。

ルピナスも私も、この連続下り勾配は、コンパスがもともと長くないから、かなり手を焼きました。でも、三島市教育委員会は、歴史的見地と教育的な立場から、22世紀になっても、石畳の改修をし続けるんだろうねって思いましたよ。

(舗装した道でもこんなに急坂でした)

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行ってきました三島まで

もう、8月4日のことなので、ちょっと忘却の彼方だが、歩いたよ、三島まで。

暑かった。旧街道の日陰を通る風はさすがに涼しさを感じたがそれも次第に気温に負けて、とにかく、暑かったね。とくに、テーマパークのようなコンクリで固めた施設は、暑かったな。トイレだけ借りて、早々に退散した。車で来た人が沢山居たけど。

塚原の一里塚、分かんなかったねえ。ガイドブックはときどき場所の正確さがなくなって、ホントにここ??ってことがあったんだけど、この一里塚は本当に分からなかったよ。ルピナスの現地調査員としての優秀さを証明したような出来事だった。

そんなこんなで、ようやっと三島に。約6時間半の歩行。

三島の街は、昏々と豊かな湧き水のまち。疲れ切っていた私たちを慰めてくれました。

詳しくは、ルピナスのブログをご参照くださいね。