黒やぎの(てくてくわくわく 街道ウォーク)番外編

ふとした事から街道ウォークの付き人になった黒やぎのひとりごとです。ルピナス主宰の(てくてくわくわく 街道ウォーク)(http://kaz-mt-wisteria.hatenablog.com/)とあわせて見てくださいね

いつもこんな感じなんですけどね

今週のお題「やる気が出ない」

5月の大型連休のあとですから、日常に戻るまでに一週間や10日は必要でしょう。だって5連休、その前に昭和の日の飛び石連休、いい休養ですからねえ。

ほら、日本って諸外国と違って、4月に年度が始まるからね。会社も学校も。で、厳格なルールが所属社会によってしっかりというかはっきりというか存在して、それ以外のルールは存在しなくて、自由はなくて、ルールに幅はなくて。ルールを分かっていない人には厳重注意や何かがあって・・それが一年で一何面倒な時期、4月なわけです。その代わりに、っていうわけでもないけれど、4月1日から4月28日まで4週間、新秩序をよく守った人には、ハイお休みしていいよって、黄金週間が与えられる。暖かいし若葉だし、風は心地いいし、遠出はしずらいけれど、近所や都内、県内なら何とかね。

そのあとですからねえ、日常に戻るのは確かにしんどくてやる気が出ないのも自然の流れですよ。もう、ねこのように、抜くべきところはぬき、自然体に生きるしかないように思います。美味しいもの食べてね。

子供の頃なりたかった職業

こどもと言っても中学生の頃ですが、毎日新聞のもう亡くなった内藤国夫さん(将棋指しの内藤さんとは別の人ね)が書いた「新聞記者として」という本を読んで結構感動し将来は新聞記者になってみたい、と、思ったことがありました。新聞記者の人の書く本って話はうんとこさ長いンですけれど、読ませる本が多くて、しょっちゅう読みたいとまでは思いませんが、割合に好きな方でした。この人は昭和30年代から40年代にかけて結構有名な記者の方だったらしい。

その話を、ウチののんびりした性格の父親にしてみたら、

「大変だぞ、新聞記者は」と言います。

第一に、転勤がある

第二に、夜中(12時過ぎ)まで仕事がある

第三に、酒が強くないと務まらない。

 

う~ん。

1父親はメーカー勤めでしたが、

(世界中に支店のある大企業でしたが)ずっと自宅通いでしたし

2接待とか何とか言って、帰宅は確かに遅かったです。

3しかし、酒はごく弱い方で、

たとえば土曜の夕方、晩御飯を食べながら麦酒を一・二杯飲むと眠くてしょうがない。当時20時から21時10分に放映していた「刑事コロンボ」を見続けることが出来ず、20時07分ごろから横になりいびき、それが40分後むっくり起き上がると

(この話は)「どうなった?」と家族に聞くのは常でした。

あの濃厚複雑で1・2分ではとても説明できないドラマを、どうなったの一言ですまそうってところが、よく理解できない父親でしたが・・・

 

というわけで、3を考えると、(自分ではお酒を飲んだことはありませんでしたが)アルコールの強さは遺伝するとも思われ、新聞記者はあきらめることにしました。

成人してからは、ほぼ定時で帰れて、転勤のない仕事を選び、妻のルピナスが結婚当初驚くほど早寝の生活をし、その後少しは人並みになって今日に至っています。1974年頃の父親の判断は大筋で間違っていなかったと今では感謝しています。

おうち時間 という言葉自体がきらいです

今週のお題「おうち時間2021」

新型コロナウイルスが流行する前から、インドア派で、休日は家に居る時間が長いです。自宅にいる時は、パソコンでyoutubeを見る時間もそこそこ長いし、買い物をすることもあるし。本を読む時間にもなります。昔から愛読している、山口瞳さん、武田百合子さん、定年後の話がテーマの本もよく読みます。もともと一人っ子で、何でも自分一人でやる習慣が付いていますので、(今の言葉でいうと)「自助」は何十年も前から実践しています。

でも、家に居ても決して退屈しない一番の理由は、ラジオ(あるいはテレビ)があるからです。読書をしながらラジオを掛ける、スマホで野球の途中経過を見ながら衛星放送で自動車レースを見るとか、同時進行で何かをするというのがとても得意で、(本当は両方とも中途半端なことは分かっていますが)ラジオやテレビを使えさえすれば、家に居る時間は1975だろうと、2021だろうと、全く困ったことはないです。反対に拘置所の独房とかはムリでしょうね。ラジオがないから。

1975の頃は中三でしたが、毎晩のようにラジオでナイターを聴いていましたし、2021の今は、ちょうど今は手元にないけれど、二階の寝室に行けばラジオは大小3台あり、この後正午からニュースを聴き、昔の歌謡曲番組を聞きながら、ひいきのオリックスの試合運びをスマホで確かめる、ちょっとお昼寝も待っているという5月5日連休最終日をすごすことにしています。

ついでに言えば、(おうち時間)ということばと、(巣ごもり需要)という言葉がきらいであり、苦手でもあります。在宅時間と言い換えればよく、コロナ特需ともいうべきものであり、そもそも、おうち、という言葉を使うのはせいぜい小学校低学年あたりまでが限度であり、18歳以上の成人には当てはまらない、あるいは、ふさわしくないと思います。

すみっこにちょこんと

今週のお題「便利な間取り、変な間取り」

あたしら、アメリカ人ではないから、広~い、部屋が十も二十もあるような家はたぶんムリだと思うんだよね、気持ち的にね。

はなしに聞く、テキサス州の金持ちの家なんて、部屋が家族人数の三倍とか五倍もあって、もちろん大家族なんだけど、金持ちだから気持ちも大きくて、テニスコートもプールもクルマもたくさんあってなんて聞きますが。

たぶんそれって、貧乏性ですぐに小さなことばかり計算する日本人には向かないと思いますよ。広い家を求める国民性だったら、コンパクトな4LDKの戸建住宅なんて売るわけ、売れるわけないものね。

平野が国土面積の五分の一だという、その割には人口密度がうんと高いというハンデがあったとしても、日本人にはちょっと狭い家の、すみっこでここでいいって思うメンタリティが合っていると思われます。くろやぎのように武蔵野という都会でも田舎とも言えない地域に暮らしているとそう思いますね。

ウサギ小屋でいいよ俺達。

でも、マンションは狭い感じがするからリビングぶち抜きとかあるんでしょう。柱を減らしたり、壁を取っ払ったりしてね。

バブル崩壊の頃から数年前まで、公益法人の建築作品コンクールの現地審査事務局みたいなことを本業の片手間にやり、20軒くらい、人様の注文戸建住宅見せてもらいました。ものすごい、床も全部大理石なんていう豪華な家から、ペンシルビルのような住宅、絶対に外から見えない豪邸など、でも、ここがいいなあという気に入った家は、戸建に関してはありませんでしたね。ものすごくオーナーさんの意向が表に出ますからね。設計者・建築家にとっては良いんでしょうが、あたしら庶民育ちの随行員には、何でここで凝るの?何で部屋の隅が三角なの?そうして普通の場所がないの?もう疑問だらけでした。

同行してくれる後輩の職員と出た結論は。

 

家(住宅)は、建売で、いいよ。(暴論・笑)

 

夢がないかもしれないが、凝りだすとキリがないのと、半端な金持ちや頭でっかちな施主だと、設計者や工事会社と意思疎通がむずかしく、結果・建物が施主の意向通りに出来ていないくて、その不満ばかりが膨らむこともあるんですね。(施工者がよくないか、建設費を値切ったか等原因は様々ですが)そういった豪邸よりも、限られた土地と低予算などの条件で誠実に建ててくれた家の方が、どんな間取りだろうとオーナーは幸せ、というのが結論でした。

くろやぎの自宅ですか?満足しています。ちょっと駅からは遠いけど。

 

 

水曜日は休日で

嘱託の気楽さで甘受しております。そう水曜日は休日、恒久的におやすみです。

そ、スバルサンバーの話でしたね。今のクルマがやってくる前、ちょうど二か月間古いサンバーに乗っておりました。

スバルというよりも、富士重工業製のオリジナルのサンバー。

平成8年式、22年目、

走行距離14万キロのおじいさんサンバー。

何とマニュアル車(それは大丈夫なんですが)もっと驚いたことには

ノンパワステ車。

知ってましたか?若い人、なんて書き方がもう老人ぽくっていけませんが、

パワーステアリングの付いていないクルマって、ハンドル重くて、左折:うんしょ、右折:うんしょうんしょ、縦列駐車:うんしょうんしょ×4乗の腕力が必要なんですよ。

まあ、平成30年にパワステのない車を乗ることになるなんてと、くろやぎ、感激でしたこの車、職場では有名車で、体験した皆が口々に、

「あんた良く運転できるねえ。あたしはシリンダーキーが回せなくて」

「一回借りたんだけど、出先で動かせなくなって泣いた」

「閉じ込められて、(私の上司の)kさんにドアを開けて救出してもらった」

などなど、逸話の山。

わたしも、kさんに

「もうすぐ(新車:今のサンバー)来るからさあ、それまで大切にしてくれないと」と言われました。だって不思議なきっかけでドアが機能停止してしまうんで。

 

水曜日は休日なのでつい思い出に浸ってしまいました。きのうもいまのサンバーは好調でした。クルマが元気だと、仕事もはかいくからね。