黒やぎの(てくてくわくわく 街道ウォーク)番外編

ふとした事から街道ウォークの付き人になった黒やぎのひとりごとです。ルピナス主宰の(てくてくわくわく 街道ウォーク)(http://kaz-mt-wisteria.hatenablog.com/)とあわせて見てくださいね

浅草へ行きました

まだ、小学生や中学生だった頃、両親に連れられて浅草に何回か行きました。

母は、元々は今の江東区(深川、猿江)の生まれで、戦災で焼け出されるまで住んでいましたから、浅草は身近でした。私たちはよく、そばの尾張屋に行き、両親は、天ぷらそば、わたしは冷たいそばの方が好きなので、ざるそばを食べました。沢山のテーブルはいつも満席で、どんぶりから大きくはみ出るほどの、大きなエビの乗った天ぷらそばだとか、天丼を食べている大人が沢山居ました。

あの頃、平日の午後、15時くらいに、東京12チャンネルで、映画の時間がありまして提供が(浅草うまいもの会)そのcmは独特で、白黒の静止画に店の屋号と店内風景が二枚、短時間に店の特徴と屋号を簡単に連呼するコマーシャルでして、「そばの尾張屋」と聞くと、おおって思いました。

いまでも、浅草うまいもの会のラジオのⅭⅯは、YouTubeで聞くことが出来ます。早口ですよ。アナウンサー力が試される内容です。

浅草は、池袋から私鉄で25分もかかる遠方の土地から、そうそう月に何度も行ける場所ではありません。決心しないといけません。体力気力が要ります。

それでも、20代の頃、何回も行きました。尾張屋に行ったり、母に教わってルピナスと今半に行って、大座敷で一番安い牛丼を頼んだり、大黒屋は行列が長くてあきらめたり、あとどこでしったけ、別のお蕎麦屋さん(ざるを逆さにして、もりそばが出て来る有名なところです)にも、たしか、行った記憶があります。今半の牛丼はとってもとっても美味かった。肉がとても上質でした。

そして昨日は、家族を含めて、7人で夕飯を食べました。

雷門に夕方集合ってことで、そこまでは、単独行動。

あたしは、ゆっくりと各駅停車でおもむき、でも、まだ、集合時間までたっぷりあったので、浅草の一つ前の田原町(たわらまち)で降りて、階段を登りました。田原町の地下鉄の階段を上がったところに、やきそば屋さんがあったはずで、たしかめるまでもなく、ソースのいい香りがしてきました。この香りをかぐと、とても安心します。

浅草に来たんだなっていう気がします。

暗くなって来ました。にわか雨の天気予報、あたりでした。薄暗いでしょ。

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雷門一丁目で30分以上、アーケードの下で雨宿り。沢山の人、観光客、地元の人、老若男女が通ります。地元の人、早口、声が強い、表現がよくないが、下町の人ってぼくらから聞くとどすが効いたような迫力のある声の出し方をしますね。

やっと雨が止んだので、アーケードを伝い雷門に向かいます。そばの尾張屋は健在でした。今は、特に飲食店の栄枯盛衰が激しくて、老舗といえども何があるか分からないと思います。古くからのお店が健在だと嬉しいですね。

一人だけ集合時間に遅れるとラインをしてきた末っ子を待つため、しばらく雷門に居ましたが、お参りしようかと、ルピナス仲見世を歩きました。ここもたくさんの人がいます。でも、観音様は17時で閉まっているし、沢山の人出があってこその浅草ですけれど、どこにでもある食べ物やさんには、若い人たちがいましたが、中にはお客さんの入りが少ないお店もあって仲見世ですから家賃や地代も高いだろうに、大変だろうなあって思いました。

昨年亡くなったあたしの母親が好きだった、カワチヤという地味なお煎餅屋さんで、堅焼きの煎餅を買いました。

雨宿り中に携帯で撮った写真です。雷門一丁目交差点にて

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