黒やぎの(てくてくわくわく 街道ウォーク)番外編

ふとした事から街道ウォークの付き人になった黒やぎのひとりごとです。ルピナス主宰の(てくてくわくわく 街道ウォーク)(http://kaz-mt-wisteria.hatenablog.com/)とあわせて見てくださいね

気に入ったTシャツ

今週のお題「お気に入りのTシャツ」

末っ子が小学校二年生の時からずっと行っていたのが、7月の終わりに開催される、鈴鹿8時間耐久ロードレース、オートバイの長時間レースです。

このレース1978年から毎年くそ暑い夏に、8時間もの長い間、鈴鹿サーキット国際レーシングコースをぐるぐると走り続けるレースで、チーム、選手、オートバイそのもの、そして見ている観客にも耐久力と気の長さ、そして厳しい夏の暑さを強いる、とんでもないオートバイレースです。

私がこのレースを、全部、朝から晩まで見たのは2001年、もう40歳になっていましたが、暑さ、時間の長さ、午後~夕方~日が沈む~ナイトレース~ゴール、すべてに疲労と感動を伴うもので、レース後の打ち上げ花火も含めて、素晴らしいものでした。もちろん、長~いレース時間に飽きない、というのが大事で、くろやぎ、こういうことには全く飽きない性格なのです。長ければながいほど良いと思っているので。

わたくしはいつも、ヨシムラ、というチームを応援しています。ヨシムラはオートバイに乗る方でしたら、世界中誰でも知っているバイク用品、特に排気筒などの有名メーカーであるとともに、創業者が天才的なチューンナップ技術者で、既存のオートバイの部品軽量化とエンジンの出力アップに命を懸けた男でした。オートバイ技術者としてはホンダの創業者、本田宗一郎さんとほぼ互角の能力を持ち、いつ眠っているのか分からないくらいにガレージで働きづづけ、仕事には鬼のように厳しいのですが、レースの成績が上がらないとレーサーを呼んでも決して彼のせいにせずやさしく「素直に言ってみろ、オートバイが悪いんだろ??」というような性格の人でした。

いま、レース監督は3代目に若返っているのですが、8時間耐久に関してはオートバイの出来に関してはいつも全力、よすぎる性能、驚きの出力、いつも優勝候補なのにそれが必ずしも成績には結びつかないこともしばしばあり、過去42回の大会で優勝は4回、最初の10分で消えた(オートバイですから転倒などで)年もまああり、わたしにとってはホンダなどの一流メーカーと違って、応援のし甲斐のあるチームであります。

ヨシムラのTシャツは、サーキット通路に出る売店などでいつも買っています。末っ子も帽子、応援旗、Tシャツを何枚も持ち、それを誇りにしています。ヨシムラの売店は神奈川県の本社から社員さんが直接出向いてくるらしいのですが、金曜日など、誰もお客さんがいなくなっても、最後まで売店の明かりがついていて、なかなか商売熱心でありファンを大切にしてくれます。以前はキーホルダー一つ買っても、大きな袋に入れてくれました。ありがたいことだと思います。

ですので、ヨシムラと書いたTシャツ全て、愛着があります。